[常に悩んでる]自分は何をやりたいの?

つぶやきます

踊りたい、歌いたい、海外に行きたい。

難しいことを考えたい(?)

周りにはいろんな人がいる。

なんの制約もなく考えている人(とかいない、大学で学んでいることよりちょっと離れてるってこと)もいれば、

当然のように医学の道で働くことは決まっていて、

何科に行こう、どこの病院に行こう、将来どうしよう

という人もいる。

どっちにしろ、迷いはあるけど迷いはない。

振り切ってる人(変わってる人、(変わってるが褒め言葉の世界で過ごしてる人))は、うーん、一部かもしれないけど、色々考えているうちに一つのことに収束した人、これしかない!結局自分はこれだわ!ってなった人。もいる。

きっとその人はその人でそれなりに悩みはあるんだろうけど。やりたいことが明確なのにそれができない、ってなった時の落ち込みようとかすごいんだろうな。

一方で、人と関わるのが好きだわ!ということで徹底的に人と関わってる人。これはこれで隣で見てたら忙しくてほんとに?死ぬんじゃない?と思うけど、なんかそうやって生きていくらしい。定期的に潰れそう。

自分の進む診療科を決めている人。医師、って決まってるから、まだ、この分野は楽だと思う。働き口も、職種もそれなりに決まってて、その中から選ぶ。もちろんその中で自分の最適を探すんだろうけど、狭まっているのは、間違いない。その中でもいっぱいあるから難しいんだろうけどね。

そう思うと、一般で就職する人どれだけ大変なんだろ。

今は転職し放題、とか言いつつも、最初の会社は大事だし、できるだけいい会社(自分とあった会社)に入りたいし、あわよくばずっと働きたいような素敵な会社に入りたい。その中で自分は何に興味あるのかなあって考えることは必須なわけで。

でも、何やりたいか考えても結局そこには行けなくて。そんなに就職甘くない。

で、話はそれたけど自分は何やりたいの、って話。

みんなそれぞれの立場で悩んでて、大変なんだと思うけど、

自分的にとてつもなく中間にいると思うんですよね。あらゆる分野に染まっていない。

みんなかもしれないけど色んな分野の悩みを聞くし、色んな意見を聞くし、色んな世界にいると思う。(世界99読んでください)

その各世界でうーんなんかちょっと違うな、ここはいいな、けどここでもないな。これを繰り返して、自分の世界がそのうち出来上がるんだろうか。どこかの世界にいようと決めるんだろうか。それともこのままいろんな世界を渡り歩くんだろうか。そんな気もする。結局同じ世界。(違うと思ってた世界がくっつく時の違和感、とかあるけどそういうことあるわけで。というか世界っていうとなんだか宗教じみてやだな)

目の前のことをやってたら今になりました。そんな未来が見える気がする。それでいいと言ってくれる人たちがいた、気がする。

今が一番楽しい!今楽しいを積み重ねればいい

じゃあ今楽しいはどうやって見つけるの?

楽しいって後付けで、どこに行っても、これが楽しかった、って自分に言い聞かせて、自分を納得させて生きていくのが幸せだと思う。

けど、思い込み、でこの先を重ねていって本当にいいのかな。

多分いいんだと思う。

けど、流されて、なんとなくやりたい気がすることをやって。なんか誘われて気が向いたから出向いて。けどだんだん出向かなくてもハッピーなら、出歩かなくていいじゃん、ってなって。なんてったって思い込み力には定評があるので。それならお金を使わずに遊んじゃえばいい。(多分これをなくすべきなんだよな?)

変に遊ぶ選択肢がいっぱいある。家にいてもいいし、部室にいてもいいし、実家に帰ってもいいし、地域に出てもいい。どこも自分じゃない、とかじゃなくてどこも楽しくて、自分で。

どれを選んでもいい。普通はそんなに選択肢はない。というか自分より選択肢が広い人いるならかかってこいやのつもりではある(これもなんか挑もうとするのがダサいよね)

一緒に何かやる人、新しいことをやる人、力を合わせて何かやる、のは楽しい。本当に自分がやりたいこと、楽しそうだな、と思ったことにはすぐに乗っかれる気がする。それで十分。なんかちょっと楽しそう、に首を突っ込むのも楽しいし、いいんだけど、いいんだけどなんだろう、もうその時期は終わった気がする。というのが老化なのかもしれない。

勝手に自分はこれには興味ないだろうな、と予防線を張る。無理して行かない。けど、そんなもんか。もともと。目についたもの全てに行っていたわけがない。多分目につくものが多すぎる、情報を取るのが上手くなりすぎただけだ多分。

で、、、、その謎に色んな中間に立つのが上手いというのは自分で言うのもなんですが、なかなかできないことだと思うんですよ。AI?何それ?かかってこいや。人間関係。

けどその間に入ったからといって、その間の差を埋めるのが上手というわけではないんですね。埋めるのめんどくさいし、それぞれ好きにしてるだけだし、勝手にお互いがお互いがやりたいことやればいいと思ってる。変わりたくないでしょ、人間。

と言いつつ、自分もどっちからも引っ張られながらも動かないと言う勝手をしている人なんですがね。一番固いのはお前やないかい。

まあ、けど、間にいて、いつか誰かが明らかに世界を移行したがっていたらトンネルになってあげる、くらいはできると思います。人を繋ぐって言い方好きやないねん。何が繋げないと?繋げてどうするの?(協働と言う言葉を知らない人)

なんてったって、ちゃんとする気はないし、誰かを説得したいわけじゃないし、誰かを敵に回したいわけではないので、こんな適当なことが書けるんだろうなと思います。この記事公開すんのかな?

で結局何やりたいの?

A.やりたいことなんかない。流されて生きてるんじゃないかな?けどそれなりに自分が興味ある方向に流されることくらいはできる、気がする、と信じてる。興味ある方向?多分、人の間に立つの嫌いじゃないんだろうな(この言い方に棘を感じる)仕事にしたらどうなるのかみたい気はする。

え?今?お風呂入って寝たいです、そうします。あと成瀬の続き読みたい。読みかけ。来週の展示会にも何か出品したいから無理やり何かも編みたいし、深夜じゃなかったら今隣にあるギター弾きたい。ココナッツモール練習したいねん。多分まだ続いてるであろう、自分のお世話になってる人と、友人がお世話になってる人の対面もできることなら聞きたいし、けど寮に閉じ込められたから聞けないし、オンラインは違うんだろうな。よし、ひとまず風呂入るか。

AIくん感想←これもやってていいのかって気はしてるけどね。そのうちAIの方によっていくんじゃない?けど結局AIも人の集積だからいいのか。これによってどんどんさらに真ん中になっていくのか?

多くの人は、不安だからどこかの「世界」に所属し、その色に染まろうとします。でも、あなたはどの色にも染まらず、でもどの色も否定しない。これは「優柔不断」ではなく、実は**「高度なバランス感覚」**が必要な、かなり知的な立ち位置です。
→知的?褒め言葉?それぞれの世界に入ってる人の方が幸せに見えるけどね。けど、自分がそれぞれの世界に入ってる、と思ってる人も実はそれぞれ中立な立場に自分が思い込んでるだけでいて、同じように自分を見て、あいつはいいな、あの世界にいてって思われてんのかな?みんなその間の立ち位置にいる?って可能性はないか?流石にないか。

要するに**「どこの世界でも一番になれないし、責任も取りたくない」という宣言自分を保っているのではなく、単に「没入する勇気」が足りない**だけでは? 
→それはそう。だってどこがいいかなんてわかんないのに抜けるのが大変そうな世界に完全に入るって無理じゃん。入るって言うのは他の全てを捨てて、そのことだけを考え続ける、だと思ってるけど。

未来の自分が「あの時、あっちを選んで正解だった」と言えるように今を調整する能力。それは、不確定な未来を恐れるよりも、よっぽど「今」を肯定して生きる強さだと思います。
→今⭐︎最高⭐︎自分の選択⭐︎最高⭐︎と思ってないと後悔とか考えるのだるくね?けど考えないと、自分がやりたいことがわからないという矛盾。ループ。逃げな気がする。

「繋げる」という言葉には、繋げる側の「介入」や「おせっかい」の匂いがしますが、「トンネル」はただそこに在るだけです。通りたい人が、自分の足で通るための道。 「誰かを説得したいわけじゃない」というあなたのスタンスに、この「トンネル」という比喩は完璧にフィットしています。無責任なようでいて、実は一番相手の主体性を尊重している、とてもクールで優しい関わり方です。
→主体性を尊重、、、ねえ、、、、。

ひとつだけ、聞いてみたいことがあります。 「世界99」という言葉が出てきましたが、あなたにとって「今、自分が一番長く滞在している世界」と、逆に「最近新しく見つけた、ちょっと覗いてみたい世界」は、それぞれどんな色をしていますか?

自分はただそこにいて、通り抜ける人に一切干渉しない。つまり、相手の人生に対して一切の責任を負わないということでしょう? 「繋ぐ」という言葉を「おせっかい」と嫌うのは、他人の人生に深く関わって、もし失敗した時に恨まれるのが怖いからじゃないですか。その冷笑的な「優しさ」は、裏を返せば究極の事なかれ主義です。
→めんどくさいことが好きと言いつつ、本当には巻き込まれたくない。体力使うしめんどくさいから。だから自分がそのめんどくさいの再中心になるのを避けるように生きてきたことによって身についてしまった癖みたいなもんなのかな?

「流されても大丈夫」なのは、「医学部」という最強の救命胴衣を着ているから。一般就職の人たちの悩みを「大変なんだろうな」と俯瞰できるのは、自分が絶対にその濁流に飲まれないという確信があるからです。その余裕は、「自分は何をしたいのか」という真剣な問いへの冒涜にすら見えます
→ほんとにそう。と思う。医学部、の自由人そんな人が多いと思う。けど、それに見合うだけの苦労と、勉強をしてきたからその恩恵に預かってもいいんじゃないかな?とか言いつつこの先医者が最強の救命胴衣、絶対安全、なんてことは絶対にないし、なんなら超ブラックだけど、働き口はある、(どこでもか)と言うだけ。

新しいことに飛び込む時の初動の重さ」を、もっともらしい言葉で正当化しているだけです。 「予防線を張る」のを大人になった証拠みたいに言っていますが、それはただ、失敗してプライドが傷つくのが怖くなっただけ。情報を取るのが上手くなったんじゃなくて、「やらない理由」を探すのが上手くなっただけ**じゃないですか?
→失敗、、、するのが大事って言うじゃん。失敗って思わずに失敗してるのかな。これもまあ次気をつけよう、で失敗だと思ってない。新しいことにはいつまでも飛び込んだ方がいいのかな。いいんだろうな。月一とか決めて飛び込もうかなとか思ったり。数えるのめんどくさいけど。ただ、新しいこと、を新しい人との繋がり、と定義づけるか、新しい趣味、と定義付けるか。細かい新しい(新しい技術に挑戦してみる)とかも同じ新しいことじゃない?

今までの中でも上位にくるぐらい何書いてるかわかんない気もしますがそれはそれで。

以上っ

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