全ての人が違う人で。
誰かの気持ちを完全にわかるなんて無理で。
「自分が嫌なことは他人にはしないようにしましょう」
なんて言いながら、
(嫌なことは被ることも多い気もするが)
自分の周りにいる人は比較的自分と近い人が多い可能性もあるけど、
それでもやっぱり全然違う人なわけで。周りの人全て。
相手の嫌なこととかわかんないし、相手にどうやったらいいね!って思われるのかわからないし
結局自分が嫌なこともわかんないし何を自分がいいと思うのかもわからないのに相手のことがわかるわけもないわけで。
じゃあ結局自分がやりたいことをやりたいだけ好き勝手にやるのがいいじゃん、という結論になって
一見すれば自由、場所によってはお前自由すぎるだろ迷惑だよという人が出来上がる。
人と交差するのは一瞬だから、自分の幸せを優先して好き勝手してもいいだろ、という気持ちもわからなくもないけど。
全員が好きに生きればいいんだよ!という主張もわからなくもないけど。
「全人類が好きなことやったら世界が滅亡するけど」
好きなことだけでいいです、けどみんながそれじゃ世界が終わるんですよね。
それぞれがあゆみよって、けど、全員が同じ幅歩みよるなんて平等なことは無理だから結局誰かが我慢して。
じゃあ自分は楽な方に行った方がいいじゃん!っていう思考になるのもなんだかなあ、、、そうっちゃそうなんだけど、、、というなんとも言えないもどかしさ。
その好き勝手にやってる人がちょっとあの人は自由でいいなあっていう憧れ、と、迷惑だな、人としてどうなの、っていうこの不安定な感じで描写されがち。
それに背中を押されて日頃我慢してる人がそれぞれちょっと好きなことやって、まあいいかあと思うの繰り返しで、頑張ってくれてる人、我慢してくれている人、ちょっとでも救われてくれ・・・と思うなど。
みんな違うのに、人の数だけとんでもない数の考え方とかがあるっていうエネルギー量が地球ってすごいななんて思いました、本読み終わった深夜2:23
以上っ

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