地域と関わりたいでもなんでもやりたいことでも疲れちゃうことってあるよね

つぶやきます
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地域で自分の居場所が欲しい。

せっかく住むならその土地が好きだなーって思いたい。

そんな思いで地域づくり、を始める人は一定数いると思う。

人との関わりは面白い。

けど、もちろん、楽しいことばかりじゃない。と思う。

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具体的に話したりしますっと

人間関係の負担が集中したり、

会計が集中したり。

得意なところをみんなで分け合って、が理想ではあるけど、

仮に得意なところでも、好きなことでも、ずーーっと楽しくできることなんてそんなにない。

なんかちょっと疲れたりすることはある。

もしそんなことがあったら、潰れる前にそっと距離を置いて、一回なにも考えずに他のことをして、(そんなこと都合よくできないけど。連絡無視するわけにもいかないし、いかないのもなーとか思っちゃいそうだし)また向き合いたい時に向き合うのが理想なんだけど

やってたことやめるわけにもいかないのがなかなかなーー!!

一つの仕事を数人でやる状況(自分がやらなくても誰かがやる)にしとけばいいんだろうけどなかなかね!!

そんな簡単に行きませんよ!

なんかたまには事務作業、忙しそうだったらやっとくよ、って言って、いったんの心の休息を作ってあげられる人、なりたいよね

1人後ろにいる、最悪あの人に頼めばいい、で、たまにの負担でなんとかできる人、いると思う。

まあそもそもオンラインで趣味合う人といくらでも繋がれる世の中で、果たして地域の付き合いがいるのか?けどやっぱりいるよな、という押し問答が頭の中にやってきますが。実地しかできないやつ?ならあり????これもいつか詳しく書きたいね

ひとまず、やりたいことでも疲れたら時間おきたい!おこう!そういう環境づくり大事!そういう環境の作り方とかなんか理論あるならなんで調べればいいんや!おしえてくれ!!

AIくん感想とか

「誰かが休んでも回る仕組み」や「心の休息を作れる環境」については、「冗長性(じょうちょうせい)」「スラック(余白)」とも呼ぶ。

ス係数: ソフトウェア開発の用語で、「チームの何人がバスに轢かれたら(急にいなくなったら)、そのプロジェクトが破綻するか」を示す数字です。 「バス係数が1(=あの人がいなくなったら終わり)」の状態をどう回避するか、という議論

SPOF (Single Point of Failure): 「ここが壊れたら全部止まる」という弱点のこと。

弱いつながりの強さ (The Strength of Weak Ties): グラノヴェッターという社会学者の理論です。ガチガチの濃い関係(強いつながり)よりも、「たまに会う」「ちょっと知ってる」くらいの緩い関係(弱いつながり)の方が、新しい情報やセーフティネットとして機能しやすいという話です。「地域には濃い付き合いが必要か?」という問いへの一つの答えになるかもしれません。

オンライン全盛の時代に、あえて地域で集まる意味。それは「物理的な身体性(雪かきを手伝う、お裾分けをもらう)」や「偶発的な出会い」にあるのかもしれません。

「持続可能な人間関係のインフラをどう作るか」**という、あなたらしい切実なテーマ

熱血ではなくて、「温度の低さ」が、実は救いになることがあります。

地域という実地コミュニティは、必ず「自分とは合わない人」「面倒なルール」がセットで付いてきます。問題提起: あなたが求めているのは「地域への貢献」ですか? それとも、孤独を埋めるための「自分を肯定してくれる装置」ですか? もし後者なら、負担が増えた時に「思ってたのと違う」とすぐに冷めてしまうリスクはありませんか?

「数人で仕事を分担する」のは理想ですが、その「分担のための調整」自体が、実は一番コスト(体力)を使います。 「誰かがやるだろう」という空気は、往々にして「誰もやらない」か「責任感の強い一人に押し付ける」結果を招きます。 問題提起: 「みんなで分け合おう」という善意の設計は、かえって「誰が何をやっているか見えない」という不透明さを生み、不満の温床になりませんか? むしろ「この役割は完全にあなたの責任です。でも嫌になったら即辞めてOK」という、ドライな契約ベースの方が、今の時代には持続可能では

「実地しかできないこと」は、実は「災害時の助け合い」や「介護・医療」といった、重たくて泥臭いものばかりです。「楽しい居場所」を求めるなら、オンラインの方がはるかにコスパが良いという現実

チームの何人がバスに轢かれたらってバスに轢かれるって前提がまずなぜバスやねん。一人が轢かれたら破綻。

たまにの方がセーフティネットとして機能する。近すぎると、この人との関係が壊れたらって怖くてなかなか言い出しにくいよね。

いろんなところで書いてる気がするけど、自分が考える程度のことは、常に誰か先人が考えて、データを出して、理論を作って、見つけて、名前をつけてるって現象は結構面白いし、歴史ーって感じ(巨人の肩感じるーって感じ)でなんかいいなと思います。まる。

自分持続可能な人間関係を作りたいのかー確かにー。そりゃ作りたいでしょ。

ある程度、仲良くなれない、とかは仕方がないと思うし、ずっと一緒にいるなんて無理だけど、関わる人はきっと多い方が自分の逃げ場にもなるし、何といってもたくさん一緒に何かをできる人がいるっていうのはとても嬉しいことだと思う。

ちょっとしたなんか嬉しい、を振り撒いて生きていけるといいなと思うよね。地域地域言ってるのは、イベントするとか、そういうこともまあ大事だけど、なんか道が綺麗とか、花があるとか、挨拶されるとかそんなところ。が嬉しい。

けど、いきなり全員に挨拶する勇気はないしね笑この前のコミナス(コミュニティナース)の勉強会というかイベント(なんかイベントって言い方最近好きじゃないからもっといい言い方見つけたい)で道端の缶に花刺してあるとか、軍手がなんか飾られてるみたいなのの話してて、そういうくだらないことをやりたいし、それに気づける心の余裕が欲しいねと思いました。

面倒なルール、本当にね!!それを乗り越えてまで、無理してまで人と付き合いたい???っていうのは一生のテーマなんだと思いますわ。人を厳選しないと疲れすぎちゃう。コミュニティの調整のために自分が使われる、過度に、自分がやってもいいなの限度を超えてまでやる、っていうのは違うと思うので。人によってどこまでやってもいいと思うかは全然振れ幅が違うと思うけどね。

お金がもらえないならやらない、そう割り切るのもわからなくはないし、けど、お金は完全にいらない、っていうのもまた違うし、お金のことだけを論議するのもまた違う。わかりやすいからすぐあげちゃうけど。

誰がいるか、どんな場所か、いろーんなのが合わさってコミュニティというのはできています。

冷めるなら冷めろ。その時はキッパリとやめたいけどやめれないんだろうなーー!(結局同じところをぐるぐる)

分担の調整が大変。そっと自分でバランスを取って、(リーダーの補佐をして)っていうフォロワーシップを浸透させるのが、必要ですよねえ。そりゃドライな契約が楽かもだけど。それって楽しくないじゃん。縦割り嫌だ、救いきれない部分があるってすぐ言うじゃん。ある程度は必要だけどさ。

楽しいことはオンラインがコスパがいい。

けど、長い期間を経た、苦しんだからこその楽しみとか柔軟性ってあると思うんですよね、

繋がりが薄れてても、災害時に、安全を守る、平等に医療を提供する。そんな仕組みを国が作れよ。となりますが、おそらく今の最善を尽くしているわけで。と言うかそう信じるしかないわけで。そこに不満があるなら偉くなってくださいと言うだけで。

その、できない部分をカバーする、カバーしないといけない、カバーできるところに身を置きたいなら、その多少のめんどくささもそれに対する投資だと思うことになるのかな?

ひとこと

なんか感想長くなったな。うるさい。

以上っ

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